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秘書とAIの境界線 〜コミュニケーション手段をどう使い分けるか〜

最近、NHKのニュース番組で「ここからはAIでお伝えします」という一言とともに、AIアナウンサーの音声を耳にするようになりました。ほぼ違和感のない声で正確に原稿を読み上げていく様子は、技術の進化を象徴する光景です。これは人手不足や働き方改革といった背景のみならず、次世代への一歩を着実に進めていこうとしている放送局の意欲的な挑戦であるとともに、将来に向けて「人間が担う仕事」と「AIが担う仕事」の境界を示唆するメッセージと受け取れます。

この “境界” を見極め、AIと人との役割を的確に線引きすることは、AIを活用する今の秘書業務においても重要なポイントとなっています。秘書の業務においても、既にAIの活用は多分野に入り込み、業務の改善やコミュニケーションの促進に大いに寄与していることを肌身をもって感じていらっしゃることでしょう。 議事録作成の文字起こし、情報収集・整理、さらには文書のドラフト作成に至るまで、「AIを活用する」場面は確実に増えています。要点さえ伝えれば、洗練された表現で文章を整えてくれるAIは、時間を節約したい現場にとって業務を支える大きな助けとなっています。しかし、その便利さを有意義に活用するために、私たちはある種の“判断力”を日々試されているようにも感じます。

たとえば、役員の名前で発信される一通の文書。
その一文一文が、相手にどのような印象を与え、企業全体の信頼や品格にどう結びつくのか。こうした文書において、文章の温度感や背景にある思い、細やかな配慮をどう言葉にのせるかは、やはり秘書自身の力に委ねられています。

秘書業務における日々の文書によるコミュニケーションには、主に「チャット」や「メール」が活用されます。さらに、業務によっては、役員名義で発信する「儀礼的文書」が必要とされる状況も発生します。これらのコミュニケーション手段にはそれぞれ特性があり、状況や目的に応じて適切に使い分けるスキルが求められます。

チャットは即時性に優れた“瞬発型”のコミュニケーション手段です。最近実施した企業向け秘書研修において、役員の指示を受けて社内アポイントを調整するというタスクを、チャットのみを用いて行う実践型トレーニングを行いました。その後各人のやり取りを振り返ったところ、印象的だったのは、やり取りの回数を抑え、要点を明確に伝えた人ほど調整を素早く完了していたことでした。つまり、チャットでは論点を絞り、質問を最小限にとどめる工夫が、処理スピードを左右する鍵になるのです。

一方で、メールは情報共有や記録に適した、論理的コミュニケーションの代表格です。
社内外のビジネスにおいて、メールは単なる連絡手段を超え、今や「正式な通達」「コミュニケーション履歴」「企業の姿勢を表す文書」としての役割を果たすようになりました。そのため秘書が発信するメールには、内容の正確さ、構成の明快さ、そして状況に応じた語調の丁寧さなどに関する配慮が不可欠となります。

そして、今もなお、秘書の品格がもっとも問われるのが、儀礼的文書です。お礼状、ご挨拶状、お詫び状、招待状、お悔やみ状など…それらは、信頼と敬意を言葉にして伝える最も象徴的な手段です。秘書が送り出す一通の文書がそのまま企業や役員の姿勢を端的に映し出すものとして先様のお手元に届きます。

こうした文書においても、AIにより作られた文章を下書きや文脈の整理のために活用するのは有効な手段と考えます。しかし、その文章をブラッシュアップして、文脈にふさわしい温度感を持たせ、表現を整え、最終的に文書として成り立たせることが我々人間–秘書の大切な役割です。送付のタイミングや紙の選び方、語尾の響きひとつに至るまで、すべてが組織の“品位”をかたちづくる要素となります。

このように見ていくと、「AIと人間の境目」は、結局のところ“どこまで任せるか”、”どこから引き受けるか”という、私たち一人ひとりの判断に委ねられていることがわかります。そして同様に、「チャットとメール」「メールと儀礼的文書」といったツール間の使い分けも、絶対的な正解があるわけではありません。業務の内容、役員の意向、社内文化など、最適な線引き箇所は、状況に応じて適宜判断する必要があるのです。 大切なのは、「自分は今、どんな手段で、どのように伝えるのが最適か」を考え、使い分ける意識を持つこと。その意識の積み重ねこそが、秘書としての信頼を支える“伝える力”の土台になるのではないでしょうか。AIとどう向き合い、ツールをどう使い分けるのか。その線引きのかたちは、これからも秘書一人ひとりの手の中にあると信じます。

このコラムの執筆者

丸山 ゆかり

一般社団法人日本秘書協会 元専務理事、当協会認定講師
1995 年度ベストセクレタリー(日本秘書協会主催)
株式会社チュニーズ・カンパニー 代表取締役
秘書実務能力開発機構(Pro-Admin JAPAN) 代表 

大手製薬会社にて社長秘書、秘書課長、国際本部営業部欧米課課長。その後、化粧品会社の取締役副社長を経て独立し株式会社チュニーズ・カンパニーを設立。一般社団法人日本秘書協会では、理事として20年間務め、セミナー委員などを歴任。
秘書教育に30年間ほど携わり、2005 年より日本秘書協会主催の秘書実務講座、接遇セミナー等を担当。各企業で展開。企業、自治体、官公庁での秘書研修は 350 件以上。ジャパンラーニング(株)と共同で秘書 EQ を開発し、秘書力向上研修を実施するほか、秘書のスキルアップとキャリアアップのためのオフサイトセミナー「森の秘書会議」を主宰。秘書実務スキルの向上のため、ジョブ型移行・能力評価のための新システムを大手企業秘書室とともに開発し、秘書実務能力開発機構 (Pro-Admin JAPAN)として新時代の秘書育成を展開中。薬剤師・薬学修士・キャリアコンサルタント

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